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山口地方裁判所 昭和56年(行ウ)1号 判決 1982年5月06日

原告 酒井周一

被告 柳井市長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙第一図面中赤斜線で表示した四二万平方メートルの海域部分(以下「本件海域」という)についての埋立工事主体者としての地位を、訴外中国電力株式会社に譲渡してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

原告は柳井市の住民であり、被告は同市の市長職にあるものである。

2(海域利用権の取得)

被告は、柳井湾開発事業(柳井湾埋立事業、柳井川改修事業、柳井港湾整備事業)の施行にあたり、昭和五〇年三月二八日、柳井湾につき共同漁業権第五八号を有する岩国市漁業協同組合、柳井湾漁業協同組合及び伊保庄漁業協同組合の三漁業協同組合(以下「三漁協」という)との間に次のような漁業権放棄契約を締結し、これに基づく金二九八五万円の漁業補償金を支払つて埋立の同意を得、もつて柳井市は、本件海域を含む別紙第二図面の埋立区域と表示した部分の海域につき、排他的な海域利用権(埋立工事主体者としての地位、以下単に「海域利用権」という)を取得した。

(一)  三漁協は、被告の施行する柳井湾開発事業を承認し、柳井湾地先海域の共同漁業権第五八号を放棄する。

(二)  右放棄海域は、本件海域を含む別紙第二図面の埋立区域と表示した範囲内とし、その面積は七一万八七〇四平方メートル以内とする。

(三)  被告は、漁業権の放棄及び埋立工事期間中の制限、影響に対する迷惑料(漁業権補償金)及び事務費として、次のとおり支払う。

(1) 岩国市漁業協同組合に対し金一六二〇万円

(2) 柳井湾漁業協同組合に対し金六九〇万円(内九〇万円は事務費)

(3) 伊保庄漁業協同組合に対し金三七五万円(内九〇万円は事務費)

(四)  三漁協は、前記漁業権消滅海域及びその周辺に、現在より異なる新たな漁業権の申請をしない。

(五)  埋立事業は被告において行なう。

3(海域利用権の内容、性格)

右海域利用権は、独占的に当該海域につき埋立免許出願を行ない、かつ埋立を行なうに支障をきたす行為(新たな漁業権の申請等)を排他的に排除し得る権利であり、漁業権にも優る完全な支配権であつて、地方自治法二三八条一項四号の公有財産に該当する。

なるほど埋立権は、公有水面埋立法による都道府県知事の埋立免許がなされる以前は具体的権利とはいえないが、同法四条三項一号によれば、公有水面に関し権利を有する者が埋立に同意しなければ、都道府県知事は埋立の免許をなすことができないところ、柳井市は、前記三漁協との漁業権放棄契約により、本件海域を含む別紙第二図面の埋立区域と表示した部分の海域につき権利を有する漁業権者の埋立同意を得、その代償として多額の補償金を支払つて右海域について独占的に埋立免許出願をなす地位を得たものであり、この地位は法律上の権利というべきである。

また、右海域利用権は、前記のとおり漁業権に多額の補償金を支払つて取得されたもので、社会的、経済的にいつて漁業権に代る価値と性質を有するものであるから、法的にも漁業権と同一の保護を受くべきところ、漁業権は地方自治法二三八条一項四号の公有財産に該当すると解されているところであるから、この点からも、右海域利用権は同号の公有財産に該当するというべきである。

さらに、埋立後の土地が公有財産となることは明らかであり、埋立前に存した漁業権が公有財産であることも前記のとおりであるから、その中間段階における右海域利用権もまた公有財産として扱われるべきは当然である。

4(海域利用権の違法譲渡)

被告は、柳井市の有する前記海域利用権のうち本件海域部分について、その時価が一二億六〇〇〇万円以上であるにかかわらず、約三億円で柳井市議会の議決を経ることなく、訴外中国電力株式会社に譲渡しようとしている。

しかし右譲渡行為は、適正な対価なくして財産を譲渡しようとするものであり、地方自治法九六条一項六号によりその譲渡には柳井市議会の議決を経ることを要するし、しからずとしても同条同項七号に基づく「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(昭和三九年四月一日柳井市条例第一四号)三条により同市議会の議決を経ることを要するところであるから、同市議会の議決を経ずしてその譲渡をなすことは違法である。

5(住民監査請求)

原告は、昭和五六年一月二一日柳井市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき柳井市議会の議決を経ない右違法な譲渡の防止のための措置を求め監査請求を行なつたが、同市監査委員は同年三月一七日三漁協との契約は公有財産ではなく右譲渡は議会の議決事項とならない旨の監査結果の通知を原告にした。

6(結論)

被告が本件海域についての海域利用権を議会の議決を経ずに訴外中国電力株式会社に譲渡してしまえば、柳井市は一〇億円近い損害を蒙るところ、これを事後的な損害賠償請求によつてのみその損害の回復をはかることは著しく困難である。

よつて、原告は被告に対し、地方自治法二四二条の二、一項一号に基づき、請求の趣旨掲記のとおりその差止めを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因15の事実は認めるが、その余は否認する。

但し、昭和五〇年三月二八日、共同漁業権第五八号(代表者岩国市漁業協同組合組合長理事川村義光)及びその加入の組合のうち柳井湾漁業協同組合、伊保庄漁業協同組合との間に、各個別に大略請求原因2の(一)ないし(四)のような契約を締結したこと(もつとも金一六二〇万円は岩国市漁業協同組合に対してではなく共同漁業権第五八号に支払う旨の、埋立事業は被告ではなく柳井市が行なう旨の各約定であつた)はある。

第三証拠<省略>

理由

一  本件訴の適法性について

本件訴は、地方自治法二四二条の二、一項一号に基づき、同法二四二条一項の「違法な財産の処分」の差止めを求めるものである。従つてその違法とされる処分行為の対象が、当該地方公共団体の「財産」に属するもの、即ちその対象が公有財産、物品、債権、基金のいずれかに該当するもの(同法二三七条一項、二三八条一項、二三九条一項、二四〇条一項、二四一条一項)でなければならないから、まずこの点につき検討する。

原告は、本件における違法な処分の対象たる「財産」は、柳井市が三漁協との間の漁業権放棄契約に基づき取得した本件海域に対する海域利用権であり、右海域利用権は当該海域につき独占的に埋立免許出願を行ない、かつ埋立を行なうについて支障をきたす行為を排除し得ることを内容とする排他的な支配権であつて、右は地方自治法二三八条一項四号の公有財産に該当するとして、排他的支配権としての海域利用権といつた権利が存し、かつこれを柳井市が本件海域につき取得した旨主張する。

しかしながら、原告主張のような排他的支配権ないし使用権としての海域利用権といつた権利は、実定法上はもとより慣習法上も何ら根拠がなく、これを権利として認めることはできないし、かつ原告主張の実質は、原告が右海域利用権の取得原因であるとして主張するところの被告と三漁協との漁業権放棄契約に基づく柳井市の契約上の地位を海域利用権と呼称しているに過ぎないとみられるところ、右契約の内容は、原告主張によつても、柳井市が、柳井湾埋立事業の施行にあたつて、同湾につき公有水面埋立法に基づく県知事の埋立免許を得るための前提として、漁業権者からの埋立同意と漁業権放棄を得、その代償として漁業補償金等を支払うことを約したものに外ならず、右契約によつて柳井市が地方自治法二三八条一項四号にいう「地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利」を取得するものでも、右以外の「財産」を取得するものでもないことが明らかである。

そうすると、原告が違法な処分の対象として主張するところのものは、住民訴訟の対象たるべき「財産」には該当しないという外なく、本件訴は不適法として却下を免れない。

二  よつて、本件訴を却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄 紙浦健二 上田昭典)

別紙第一図面、第二図面<省略>

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